【一】

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 薄汚い路地裏に、一人の幼い子供が蹲るようにして身を潜めていた。  短めの髪やズボンらしき物を履いているところを見ると、どうやら少年らしい。しかしあまりにも薄汚れた恰好からは、性別を判断する事すら難しい。  元は白かったのだろうが、すっかり汚れてあちこち擦り切れた服。そこから覗く手足も埃と垢で薄汚れて骨と皮ばかりが目立ち、栄養状態がよくない事が窺える。  この辺りでは珍しくもない光景。  路地裏を浮浪児がうろついていても、誰一人として目を向けようとはしない。ここはそんな街だ。  通称『アンダー・グラウンド』。  かつて確かにあった筈の名すら忘れ去られた、この世の果てのスラムだった。  その名の通り、地上から忘れ去られた暗黒の街。  ここは『人間』が住む場所ではない。  食い詰めた浮浪者や、捨てられた浮浪児が流れ着き、大量の路上生活者が街中に溢れ返り、死と犯罪が蔓延る街。戸籍すらない者が、唯一生きていく事ができる街。  薄汚れた路地と廃屋が建ち並び、ありとあらゆる犯罪が横行し、まともな暮らしを送る人間なら、決して近付こうとは思わないこの世の掃き溜め。  アンダー・グラウンドとはそんな街だった。  辺りは既に闇に包まれ、時折瞬く切れかけた街灯の明かりや、ジリジリと音を立てるネオンの明かりだけが、頼りなく周囲を照らしていた。  その通りの向こうから、誰かが歩いてくる気配があった。  少年――おそらく――は疲れ切っているのか、閉じた瞼を僅かに上げて見やっただけで、すぐにまた瞳を閉じてじっと動かなくなった。
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