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「おい、坊主」
ぶっきらぼうな声。しかし、先程のような緊張感はない。
少年は瞼を持ち上げるのさえ億劫そうに、半分ほど開いた目でちらりと男の方を見上げた。
その瞬間、頼りなげに瞬いていた街灯がほんのひと時だけ輝きを増し、男の顔を闇の中に浮かび上がらせた。
ほんの一瞬の輝き。
それを視界に映し、少年が驚きに目を見張った。
「生きてるな」
男が満足そうに頷く。
年はかなり若い。せいぜい二十歳をいくつか過ぎたくらい。響きのよい、いくぶん高めのテナーの声。
ぶっきらぼうな口調は、スラム育ちの所為なのだろう。この辺りを、陽が落ちてからも平然と歩き回っている事からも窺える。
世慣れた、あるいは世間の裏側に片足を突っ込んだ、スラム育ちの若者。
そんなところだろう。どこにでもいる若者だ。
しかし、少年を驚かせたのはそんな事ではなかった。
粗野な口調や場所柄を考えれば、到底信じられないような現実が、少年の目の前に立っていた。
再び翳った街灯の明かりは若者の表情を隠したが、ぽかんと見上げる少年の様子に気付き、苦笑する気配が伝わってきた。
初対面の相手のこういう反応は、しょっちゅうなのかもしれない。
「……腹、減ってんだろ?」
次に若者の口から発せられたのは、少年が予想したような言葉ではなくて、咄嗟に反応が遅れてしまう。
何も答えない少年に気を悪くした風もなく、若者は更に続けた。
「中華は好きか、坊主? 一緒に晩飯食う約束してたヤツが、ドタキャンしやがってな。家にゃ二人分の晩飯が温め直すだけになって待ってるし、デザートもばっちり調達してきちまったんだよな。一人じゃとても食い切れねぇし、捨てるにゃ勿体ねぇし。お前、食うか?」
言葉の意味は判るが、その真意を測りかねて、少年は身体を緊張で硬くしたまま、やはり何も答えられずにいた。
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