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「だいたい中華ってなぁ、一人で食ってもつまんねぇもんだしな。大人数でつつく方が旨いんだ。ま、俺とお前じゃ二人ぽっちだが、一人よかマシだろ」
そう言ってにやりと笑った若者に邪気は感じられなくて、少年はようやく僅かだが緊張を解く。
「お前も、こんなトコにいたんじゃ、いつ野垂れ死んだっておかしかないぜ? 今だって、ロクに動けもしねぇんだろ。とりあえず、うち来て飯食え」
それこそ、自分に都合のいい幻覚でも見ているんじゃないかと、少年は我が耳を疑った。
世の中、そうそうおいしい話が転がっているワケがない。
しかし若者は、ぶっきらぼうでやや素っ気なさを感じさせるが、屈託のない口調で続ける。
「ま、ずっとってなぁムリだが、落ち着き先が見付かるくらいまでなら、ガキ一人くらい俺んトコで面倒見てやれっからよ」
そして少年に向かって手を伸ばした。
「こいよ」
目の前に差し出された手を、信じられないものを見る目で眺め、それから少年は視線を上げまじまじと若者を見つめた。
光を失っていた街灯が再び大きく瞬き、若者の横顔を闇の中に浮かび上がらせた。
明かりを受けて鈍く輝く金茶の髪。光が差し込んで浮かび上がった瞳の色は、灰色がかった緑。
それから、白い肌や通った鼻筋、頬から顎にかけての細い線。小さく形の整った唇。
「いつまでもンな抜けた面、晒してんじゃねぇよ」
そのパーツだけを見れば。
否、その声を聞いていてさえ、女と見紛うばかりの、それもとびっきりの美女だと思わずにはいられない、その美貌。
「くるのか、こねぇのか?」
疑問形でありながら、少年が拒む筈などないと確信している、強い瞳。
少年は慌ててこくこくと、幾度も首を縦に振った。
「よし。こい」
若者が少年の腕を掴んで立ち上がらせる。
手を離すと、ふらりと今にも倒れそうな姿に軽く舌打ちし、若者は細い少年の身体を、軽々と肩に担ぎ上げた。
驚いて、じたばたと肩の上で暴れる少年に、冷静な声が飛ぶ。
「暴れんなよ。よけい腹が減るぞ」
ぴたりと動きを止めた少年に忍び笑いをもらしながら、若者は小さな身体を担いだまま、路地の闇の中へと消えて行った。
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