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別に特別な理由があるわけじゃない。ただ昔から、真っ白な紙を色鮮やかな絵の具で埋めるのが好きだっただけ。
絵で暮らしたいなんて思ってもいない。要するに、譲れないとは言ってもただの趣味だ。
それでも、高校という小さな枠組みの中では、趣味というのはあまりにも存在感が大きかった。
友達付き合いも勿論大切だし大好きだけど、シキはどうしても今日中に絵を進めたかったのだ。それは好きなアーティストの新曲を発売日に買いたい気持ちにちょっぴり似ている。
――ついた!
ぴたり。足音が止む。
古びた引き戸が目の前にあった。取っ手付近に付着した赤やら青やらの油絵の具が、美術室へのドアだということを物語る。
美術室は、美術部員でなければ場所も知らないんじゃないかというくらい校内の人気がない場所にある。
シキの教室からここまでは近いとはいえないが、だけどこの道のりが大好きだった。
だらしなく緩む頬と高鳴る鼓動に任せて、シキは引き戸に手をかける。
もう頭の中でイメージはほぼ完成していたから、後は思う存分塗りたくるだけ。
にしし、と不思議な笑い声をこぼしながらシキは戸を開いた。
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