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シキは、また硬直するはめになる。
――あの絵は、わたしの。
人影が見つめていたのは、他でもないシキの絵だった。
珍しく大作を描こうと買った、普段より一回り大きいキャンバス。苦手な下書きを終えて大好きな着色に入ったばかりの、まだ荒削りな絵。頭を悩ませていた今日塗る部分の、曖昧な線。その全てが、ここ最近毎日見ていた自分の絵だった。
間違うはずがない。
未熟なのはわかりきっていても、描くのが楽しくて楽しくて仕方がない、自分のもの。
――は、恥ずかしいっ……
そんな自分の絵を、人影はただじっと見つめている。
未完成の作品を見られるというのは、言わばまだ音程のうまくとれない曲をカラオケで披露するようなもの。シキは妙に恥ずかしくなって少しだけ頬を染めた。
人影はまだその存在に気付かない。
だけどこのまま黙って絵を見つめられるのも物凄くむずがゆいわけで。
いい加減じれったくなったシキが、どうにかして自分の存在を知ってもらおうと口を開きかけた時だった。
日光に照らされて、どこか幻想的に浮かぶシキの絵に、人影が恐る恐る近付く。そっと手を伸ばして、けれど触れることはしないで、ただ間近で色彩を眺める。
そして。
そして、伸ばした手で触れないかわりに、ゆっくりと顔を近付けて。
――そっと、優しく、口付けた。
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