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「な、なんなの一体……」
緊張を思い出したかのように心臓が早鐘を打ち出した。手を下ろして、もう誰の姿も見えない廊下から視線を外す。
振り向けば、男性が盛大な音を立てて倒した椅子と、未完成のシキの絵が静かに佇んでいた。
ようやくまともな思考回路が戻ってきたので、手探りでスイッチを探して照明をつける。
冷たい明かりに照らされたのは、当然ながら昨日までと変わらない美術室だ。
なんだか今までの出来事が夢のようで、シキは覚束ない足取りで自分の絵へと近付く。
ふと先ほどの口付けを思い出してしまい、自分がされたわけでもないのに心臓が跳ねた。なんだか悔しくなって唇をキュッと噛む。
「ほんと、なんなの……」
何が最悪って、さっきまでありありと頭の中で描いていた着色構成がすっかり抜けてしまったのだ。こうなるとまた最初から考え直し。
精神的疲労があまりにも大きすぎて、シキはもう今日は作業に取りかかる気にはなれなかった。
そのことがまたため息を誘う。
「はあ……もういいや、帰ろ」
こういう時はさっさと帰って美味しいデザートでも食べるに限る。そう思って背を向けようとした瞬間だ。
「……あれ?」
妙な白が目に入った。
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