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「また言い忘れるところだったよ、ごめんごめん。辻沢の最高球速は、129㎞/hだよ。俺は自分の練習に戻るよ」
手に持っていたのは、スピードガン。誰かから受け取っていたのだろう。
先輩は、そう言うとどこか行ってしまった。練習内容すら分からない。
グラウンドではシート打撃が行われていた。投げているのは背番号『1』左の投手。バッターを簡単に空を切らせているように見えた。
また次のバッターがバッターボックスに入っていき、構えた。
左腕の周りから、何か悍ましいものを感じた。それが何かは分からない。そして左腕は放った。
ボールはミットの中。球種はストレート。バッターは動くことすら、ままならなかった。
再び、左腕にボールが返ってくる。その後、二球でけりがついた。どれもバッターの空振りによるものだった。緩急を付けて最後にストレートが、彼の奪三振の方程式のようだ。
あれが、エースという者なのか。マウンド上で圧倒的な存在感。
その場に立ち尽くすしかなかった。だが、圧倒的な実力の差を、見せ付けられた。
俺は誰にも話さずにグラウンドを後にした。だが、呼び止められた。声からすると、須川先輩だ。
「ランニングかい?」「あ、はい」
「この高校の裏に長い階段があるから初心に戻りたいなら行くといいよ」
この時、先輩が何を言っているのか分からなかった。練習場所の候補だろうか?
「ありがとうございます」
「将来を見据えて考えたらどっちにあいつは進むんだろうか? 愉しみでしかないな」
背を向けながら聞いていた言葉は、やけに耳に残っていた。
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