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「産まれた双子は、曲がりなりにも王の血族。殺す事はできず、同じ名前を与えられて、片割れは保険として生かされた」
先刻まで一帯を包んでいた荒々しい空気が消え、ただジェメロスの声だけが響く。
「確かに俺は、何も知らずにぬくぬくと育ったよ。国王の腹心の部下と国外での生活だったんだ。町に出れないから、畑作ったり狩りしたり……充分恵まれてたよな」
育ての親はペール夫妻だった。母代わりだったマレには長く会っていない。
元気で居るだろうか。
「何もなければそのまま一生を終えてたんだろうが、兄貴が病気で死んで俺は秘密裏に城に入ることになった。皆が知るジェメロス王子は全部兄貴の事だよ」
喋る程に心が落ち着いた。痛みしか感じなかった身体が、少しずつ感覚を取り戻していく。
「国王陛下は用意周到でさ。どこから手に入れたんだか[忘却の薬]なんて物を、関わったほとんどの人間に飲ませてるんだよ。秘密を知ってるのは王と、養護してくれた夫妻と俺だけ」
「なんで俺にそんな話した」
顔を上げると、相変わらず厳しい顔が向けられている。しかしその表情からは、刺々しさが消えていた。
わかりやすくて、ジェメロスは思わず笑ってしまう。
兄のソレより崩れて、ずっと品のない顔だったろう。
「むかついたから。それと、自分が思ってたより参ってたんだな。城の中じゃ事情知ってる奴はそばに居ないし、ストレス溜まんだよ。病気で記憶飛んだってごまかしてるけど。……爆発した」
冷静になってくれば、更なる面倒事を自分から引き起こしてしまった事態にため息が出そうになるが、後の祭りだ。
「忘れろよ。お互いの身の為だ」
話しは終わりと先へ促すが、男は動かない。
「忘れねぇよ」
「は?」
「俺が覚えててやるよ。王子じゃない、ただのお前を」
「……気持ち悪っ」
満身創痍の時に、更なる虚脱感を味あわせないでほしい。
「なんだよその言いぐさは」
「お前こそ何なんだよ」
「お前じゃなくてガイストだ。ガイスト・リッターってんだ名前は」
「へー。あっそ」
そこへきて初めて、男の名前を聞いていなかったことに気づいた。
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