命盗みの魔女

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エルヴァール城下の朝は活気づいていた。露店は賑わい、子供の笑い声も聞こえる。 晴れやかな空が似合う町中で、全身をローブに包んだ者が、人目を避けるように進んでいた。 くだんの人物は大通りから脇道に入り、古びた宿屋へ向かう。 うたた寝をする主人の横をすり抜け、軋(キシ)む階段を上がり、二階の最奥に位置する部屋をノックした。 何事か室内の人間と言葉を交わすと、音もなく中へ滑り込む。 「領地内だからって、王子様が独り歩きはあっぶねぇぜ~♪」 「そう思うんなら、城に滞在しろよ」 顔を隠していたフードをとると、現れたのはゲーオルギアの王子ジェメロスだった。 彼の返答に鼻を鳴らして見せたガイストは、備え付けの椅子にドカリと腰掛ける。 「いくらジェスの頼みとはいえ、あんな派手なとこに寝泊まりなんざゴメンだね」 「ジェス?」 カーテンを閉じつつ首をかしげる。 「お前のことだよ。ジェメロスなんて堅っ苦しいだろ」 「人の名前を勝手に縮めんなよ」 「いいじゃねぇか。お前もガイって呼ぶの許してやるよ」 「わー。嬉しー」 棒読みの台詞を特に気にした風もない。 「しっかし、まさかお前自ら来るとはな。てっきり使いのモンが来るかと思ってた。んで、俺は何をすれば良いんだ?」 「俺と一緒にフォンティーヌのペスカに向かってもらう」 「ペスカ? なんだってお隣さんなんかに」 「詳しい話は道すがらするよ。馬の用意もしてるし、さっさと身支度してくれ」 愚図(グズ)るガイストを宥めすかし、ようよう出立できた頃には昼近くなっていた。    *   *   * 30年程前にゲーオルギアとフォンティーヌで同盟が結ばれて以降、両国間の道は整備され道中は快適であった。 フォンティーヌの国境に位置するペスカの町へは、馬を走らせれば約6時間。 急ぐこともないだろうから、途中宿をとって明朝到着する予定だ。
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