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ジェメロスは音を立てて本を閉じた。
表紙に描かれた六色のドラゴンが見えるのが不愉快で、机に叩きつけるように本を伏せた。
「失礼いたします王子、如何されました」
「何でもないよ」
物音を聞き付けて顔を出した兵士に、慌てて居住まいを正し笑顔で応える。
「しかし、大きな音が聞こえたのですが」
「気のせいじゃないかな」
この穏やかな王子が乱暴な振る舞いをするなど、思いもよらないのだろう。
困惑したように部屋を見渡す兵士に、ジェメロスの胸は更に苛立ちを増す。
「どうした。何かあったか」
「ペール様!」
「王子のことは私に任せろと言ったはずだ。見張りに戻れ」
「はっ」
敬礼をして立ち去る兵士と入れ替わりにやって来た男を見て、ジェメロスは作り笑いをやめてベットに寝転んだ。
「はしたないですぞ」
「別にいいだろ」
ペールというこの男は幼い頃から共にあり、ジェメロスにとって数少ない気を許せる人物であった。
「創世記を読んでいらしたのですね。王たる心構え、ご立派に御座います」
机の上に投げ出された本を手に顔をほころばすペール対して、ジェメロスは苦虫を噛んだような顔をして天井を睨む。
「俺は王になれない。相応しくない」
「何を仰います。貴方はゲーオルギア国の正統な王子、ジェメロス・エルヴァール様ではありませんか」
「それは兄貴の事だ」
「違います!!」
ペールは無理矢理ジェメロスを立たせ、室内に置かれた姿見の前まで引きずる。
そこには、黄金の衣服を身に纏(マト)った輝かんばかりの自分が写っていた。
衣装に勝るとも劣らない金髪は滝のように流れ、背中で弛くまとめられている。
白磁の肌は傷一つなく、大海を思わせる紺碧(コンペキ)の瞳が此方を物憂げに見返していた。
どこから見ても立派な王子である。
「貴方は明日、この国の守護竜である大地のドラゴンのもとへ参り、正式に王位継承者となられるのです」
「兄貴の役目だったんだ」
「不用意なことを申されますな。兵の耳に入れば混乱を招きますぞ」
「だけど……」
「明日も早い。今日はもう御休み下さい」
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