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「国境越えてわざわざ来たんだぜ、出てこいよ~」
ガタイの良い男に殴られ続ける扉が少し哀れな気がした。これでは金貸しの催促(サイソク)だ。
「居ても居なくても返事くらいしろって~」
もはや意味がわからない。
いい加減近所迷惑だろうと、止めに入る間際、扉が開いた。
同時にむせ返るような花の香りがする。
ゴンと鈍い音がして、ガイストがうずくまった。
しなる程の勢いで開かれた扉を顔面に受けたのだ、大ダメージだろう。
「これ以上騒ぐようなら、衛兵につきだす」
うっそりとした声でそう告げたのは、紛れもなく城で会ったドミナであった。
砕けた普段着は彼女の線の細さを際立たせていたが、以前よりも少し痩せたようにも見える。
蒼白い肌に、目の下には薄く隈(クマ)まで浮かんでいる。
「ゲーオルギアの王子か。なんの用だ」
幽鬼(ユウキ)と見紛う姿に度肝を抜かれたが、声をかけられ思わず背筋が伸びる。
「貴女を迎えに。……刻印を持つ者を、一人見つけたので」
ドミナは、いまだ呻き続けるガイストを一瞥(イチベツ)すると、扉を開けたまま室内に戻っていった。
曲がり形にも女性の部屋を覗くのは些(イササ)か失礼であったが、つい姿を追ってしまう。
中央にテーブルと椅子が置かれた簡素(カンソ)な部屋だ。
奥にはキッチン。2階と地下に進む階段が見える一般的な造りの家だが、室内を彩る花の量が尋常(ジンジョウ)ではなかった。
花瓶に生けられ、テーブルの上を飾っているわけではない。
ほとんどが床の上で無造作に転がっているのだ。
花屋でも開いているのだろうか。そのわりには、扱いがぞんざいだ。
彼女はテーブルに置かれていた銀細工の箱を取りあげると、中からカードを出し、手でシャッフルを始めた。
一枚引き抜き絵柄を確認すると、ジェメロスの前まで戻ってくる。
「運が良かったな。最後の一人はこのペスカに要る。見つけたらまた来い」
「ち、ちょっと待った! 今の適当すぎやしませんか!?」
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