現状維持

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 相手は鞄から凶悪らしい刃物の柄を握って夕陽をちらつかせる。動かす度に煌めく白は目に悪い。 「こんな場所で料理するなら、ナマはよしたほうがいい」  何がいるかわらないだろう、細菌とか、僕とか。 「それに、君が誰を殺そうが何を傷付けようが、僕には関係無いんだ」  僕は痛くないし、死なないし。  僕のその台詞に、たじろぐ相手は動揺を納める鞘を無くしてしまったようだ。  確かに、殺人を知られているのは不味い。そして、この国で狂行と謳われるそれを普通の人間が知れば、告発をおんぶして然るべき機関に入り込むか、僕の様にネタに相手を揺さぶるか。  余程の自信が無い限り、後者はただの馬鹿である。  それに僕は、〝痛くないし〟。  そして、遂に偽った瞳は他人を騙すことを忘れて喋りだしたじゃないか。  動揺の収穫は、自覚だ。  彼女は、罪の意識も後ろめたさも、全部知った。
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