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そこに、願い桜に辿り着いた。
僕らの世界でただそこに存在し、誰も足を踏み入れることができないと云われていたこの未開の場所に、僕らは辿り着いた。目に映る桜の大樹は、ただ呆然とすることしかできない程に大きく流麗で、まるでどこかの聖地を思わせるような不思議で異様で綺麗な、そんな空間だった。
「着いたよ、結衣」
僕の腕に抱えられている結衣は、もう、動けなくなっていた。生命の鼓動が尽きようとしているのだ。
結衣は、もうすぐ、死ぬ。
「結衣、願い桜見たかったんだろ? ほら、目の前にあるんだよ」
僕は願い桜へ向けて歩いた。
それは、間違いなく終わりへの道筋なのかも知れないけど、僕は歩いた。
舞い散る桜の花びらが僕らを彩る。空は見えないが、どこからか風は吹いているようだった。
「……」
結衣。
「…………」
結衣。
「…………ッ!」
――結衣。
結衣は言葉を紡ごうと必死に口を動かすが、僕に伝えようとしている言葉は、声となって僕に届くことはなかった。
もう話すことも、出来ない。
結衣はその事に気付き、驚き、焦った表情をした。まるで現実を受け入れることが出来ないかのように、顔を大きく左右へ振る。
そうだ、こんな現実を受け入れられるはずがない。どうして、どうして結衣が。
だが結衣は、もうその行為を止め、ただ僕の目を見つめていた。
もう、その時がきたのだ。
僕の目の前で。
物語の完結。
終焉。
終わり。
僕らが願い桜の下に辿り着いたとき、結衣は少しだけ微笑み、静かに瞳をとじて僕にその身体を預けた。
「……おやすみ」
そんな僕らを見守る様に、願い桜はただ悠然とそこに在った。
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