第二十話:晩夏の夜

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「…………………!!」 驚愕に目を見開くアマノ議員。 それは、「かつて」捨てた幾多の名、いずれも「本名」。 リョウタロウ・アマノという「本名」を名乗ることになった際、巧妙に抹消したはずの名を、何故知っているのか。 そう目で問うアマノ議員。 そんな父親の様子に、してやったりといった笑みを浮かべ、トラは言った。 「昔、手前ぇでペラペラ喋ってたことじゃねぇか。ソースは他でもねぇ、お前自身だよ。」 確かに、まだトラが小さかった頃。 それこそ、マコトが産まれる前の話、幼子どころではないトラへ、酔った勢いで油断し、戯れに漏らしてしまったことはあった。 「それを、記憶していたと………………?」 「まぁな。」 恐るべき記憶力。 我が子を見くびっていたことを悔いる父。 「で、どうする気だ……………?」 己のルーツ、それは「こちら側」の人間として生きていくには、ある意味致命傷。 彼の門、クロスゲートが出現した今となっては尚更だ。 アマノ議員の質問は、今度はこちらの弱味を握ったつもりかとの問いである。 「別にどうもしねぇよ。面倒くさいし。」 「それを信じろと?」 「信じろよ。家族じゃねぇか。」 「……………!!」 それが全ての答えとばかりに、トラはさらりと放った後、退室していった。 残されたアマノ議員は、小さく笑いをこぼしながら、宙空を仰ぐ。 「家族、ね。信じろ、か。参ったね、ホントに。」 ここはまるで、離れ小島の如き「世界」。 あらゆる「平行世界」から断絶されたかのような、まさに特別な「世界」である。 当然のように、それぞれの平行世界、各々そこへ存在するはずの「自分自身」達との交信も、とうに途絶えてしまっていた。 まるで、同胞達から打ち棄てられてしまったかのような孤独。 「この世界」で生きざるを得ない、生きていくと誓った際、それを振り切るかのように、「自分自身」達とは決別を告げたはずだった。 今となっては、彼らがどんな末路を迎えたか、知る由も術もない。 しかし、リョウタロウ・アマノは確信する。 家族達が、自慢の息子達がいる己こそが。 無数存在する「自分自身」の中でも、最も幸せな人間であるだろう、と。 「どんなもんだい…………!!羨ましいか…………!?」 そんな彼らへ、届かないはずの声を、アマノ議員は勝ち誇るように呟いた。
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