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ふと振り向けば勢いのある打球が、こちらに向かって一直線に飛んできていた。
居合と剣道で鍛えた動態視力と反射神経は、打球をかわすくらいなんてことない。
少年は余裕でかわせるつもりだった。
ほんの少し頭を反らすだけ、それだけで良いはずだった。
――頭を反らせて打球をかわすところまでは。
ボールをかわして終わりだったはずなのに。
何故。
反らせた頭が。後頭部が。髪が。引っ張られている。
何が起きているのか、少年の理解が追い付くよりも早く。
不可視の力に引っ張られる頭に、抗うこともできず、とうとう足は階段を離れ、体が宙に浮く。
そうして少年は頭から階下へと落下していき――
忽然と姿を消した。
打球を放った野球部員と、少年が落下したのを目撃した生徒たちが現場へと駆け付けた時、階段の下に横たわっているはずの少年の姿は無かった。
少年が肩に担いでいた通学バッグ以外、何も。
ただ、空に嗤う月の影を残して。
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