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ところが、囲碁部は意外と居心地が良かったのだ。
狭い家庭科準備室、何気ない話をしながら有賀先輩と碁を打つ。
最初は敵わないくらい強かったはずの先輩に段々手が届いて行くのも快感だった。
もしかしたら谷崎先生が彼女に何か零すかもしれないと心配もしていたが、先輩は別段、聞きもしなかった。
『ひかるはさ、何で自分の事を僕っていうの?』や『女の子?男の子?』とかいう、僕が最も苦手として不快として、多く尋ねられてきたことを。
先輩はちっとも気にしていないようだった。
彼女とは本当に、当たり障りのないレベルの話しかしていなかったと思う。
だが、一度だけだが家族の話をしてくれた事がある。確か「どうしてそんなに碁が好きなのか?」と尋ねた時だった。
「父が好きなんだ、囲碁。あの人、女の子じゃなくて男の子が欲しかったみたいで。私に接する態度がどうも冷たいんだけど、碁を教えてくれて一緒に打ってる時だけ無心に楽しそうでさ。だからかなぁ。強くなったら認めてもらえるんじゃないかって、変な期待もあったり。ああ、曽根川、それは悪手だ。ここの石を取られちゃうから気をつけて」
踏み込んだ話はそれっきりだけだ。ただの先輩・後輩という割にはあまりに長い時、二人で碁盤に向かい合っている。
だが部活動にありがちな『絆』なんて小恥ずかしい物は多分微塵もなく。
恐らく先輩は、一緒に居ても不快じゃない『空気』のようなものとして僕を認識している。
そして観察するに、先輩は先生やクラスメイトに対してもすべからく同じ態度で接している。
彼女には何かぶれない強い軸のような物があると勝手に思っていた。
完成された、誰にも干渉できない、心。
故に、誰も彼女の心の水面に波風を立てることなど出来ないのだ。
不変の、凪の、冷たい湖。
僕は先輩みたいな人になりたいものだと、密かに願ってきた。
小さな事で傷ついたり、怒ったりすることない、強い軸が欲しいと。
そんな彼女が、整形手術。どうも納得が行かなかった。
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