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暫く、パチンパチンと交互に石を置く音だけが辺りに響いていた。僕はちょっと悩んで、おずおずと口を開いた。
「あの、有賀先輩」
「うん、何?」
「すいません。実は、朝、ちょっと聞いちゃって」
「……うん」
「本当、ですか?」
「そっか、一年にまで伝わってたか」
盤上に置こうとしていた石を寸前で止めて。それを指先で弄びながら、先輩はちょっと恥ずかしそうに笑った。
「うん、本当。別に恥ずかしいことじゃないし、隠すのも嫌だと思って、堂々と言ったらあっという間に広まるから驚いたよ。両方で100cc」
「100cc?」
「そ、入れた食塩水の総量。右50の左50。これが結構痛くてさ。貯金も殆ど消えちゃったし」
なんともあっさりとした口調。
「……随分、思い切りましたね」
「思い切ったっていうか、半分やけっぱち。諦めたっていうのかなぁ……曽根川には前にポロッって零しちゃったけど。私の親父の話したっけ。囲碁教えてくれたの親父だって、覚えてる?」
はい、と頷いた。
「あの人さ、なんか私が女なのが不満みたいなんだ。そりゃ世間様の目も有るから可愛がってくれるよ?でも節々から見えるわけだ、男の子が欲しかったなぁみたいな雰囲気が。本人は自覚してないみたいだけど」
先輩は滔々と語る。綺麗な指先は碁石を弄り続ける。
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