井の中の稚魚

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三連休明けの気怠い月曜日。 冬の透き通るような青空を灰色で覆わんと、今日も五本の巨大煙突からもうもうと煙が吐き出されていた。 通学時にはマスクが必須だ。そうじゃなきゃ学校に到着するまでに鼻の穴は真っ黒になり、喉はいがらっぽくなる。 田舎というまで鄙びてはおらず、都会と称するには娯楽施設や人口が足りない。 郊外にある巨大な工場施設が、僕の住んでいる地域のシンボルといえるかもしれない。 空気にも水にも有毒な諸々があそこからは流れ出ていると専らの噂だが、工場を所有する有名企業が市に多額の献金をしているとかで、あまり表立っては非難されない。 当たり前のように汚染されていく、世界と大気と僕の肺。 通学路の途中にある、小さな橋。 どんなに寒い日でも、下を流れる淀んだ水を観察しながらゆっくり歩くのが日課だ。 『あの橋の下には、宇宙人が住んでいる』 『否、化物らしい』 友達の友達から聞いた。あるいは友達の友達が見た。 実に不確かな情報源の怪談話。 我が校の最も新しい七不思議に数えられようとしている。 高校生にもなって七不思議なんて馬鹿馬鹿しいとは思うけど、でも毎日通る場所だから気になってしまう。 見下ろす水は流れが緩やかで、川というよりは淀んだ黒いドブ色の水溜りのように見える。 たまに銀色の光がくすんだ水の中を動くのを見つけるのだが、きっと魚か何かだろう。 こんな汚い水の中、行き続けているというだけで化物に近い生命力だとは思う。 もっと綺麗な場所に泳いでいけば良いのに。 あの魚は、狭っくるしい井戸の中に住まう蛙じゃないんだから。世界は流れはどこかに続いているんだから。 僕は蛙じゃなくて、まだ子供のおたまじゃくしのような物だ。 蛙になりかけた、足の生え出した不恰好な姿の。 早く大人になって、この狭い世界から抜け出したい飛び出したい。 井戸のような閉塞感に溢れたこの場所から。 僕の住まう街。田舎というまで鄙びてはおらず、都会と称するには娯楽施設や人口が足りないこの場所。 もっと人の多いところへ、選択肢の多い場所へ、生き易い場所へ、いつか。
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