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…確かに、いい加減けったいな記号が並んでる書物と向き合うのも疲れてきた。
立ち上がるオレに先生が、さもどーでもよさそうな感じで尋ねる。
「どこに行くの?」
「帰る」
「…?」
「仕事なさそうなんで帰ります。それと今日はなんか疲れた」
疲れてる、の間違いなんだろうか。ていうか昨日の今日で疲労してないほうがおかしい。
ドアを開ける。ちょうど向こう側にいたその女性と鉢合わせになった。
「あれ、耶俥君…?」
眼が合った瞬間流れる、何処か気まずい沈黙。
「……ども」
衣織先輩への返事も曖昧なまま、曖昧な気分でその場を後にした。
「教授、今の…?」
「気にしなくていいわ。発情期のオトコノコにはよくあることよ」
思春期では、と言いかけた妖魅衣織はそのまま思い立ったように話を切り出す。
「相変わらずですね。耶俥君の…あの眼」
「…ん、まぁ耶俥クンだからねぇ」
初めて会ったあの日から、彼は変わらず同じ眼をしていた。
「あらゆる物がどうでも良いみたいな眼…達観してるのかハナっから諦めてるのか、紙一重よね」
様々な感情のなか、彼のまなざしは空虚のまま変わることがない。
それは何処か無垢な胎児のようであり、無機質な機械のようでもある。
そもそもあれではまるで…
「………人間じゃないみたい、よね?」
「――!!」
思考を読まれ、衣織は一瞬 息を呑む。
対する哀奈は、どこか妖しい笑みを浮かべたまま言葉を繋げる。
「ま…死んだ人間みたいな眼、なんて言い方の方が合ってるかしらね。
あー…いや、あの子の場合…“みたい”じゃあないか?」
「え、それって…?」
ナニカを言いかけた、だがそれを許さぬかのように哀奈の声が割り込む。
「幻視幻聴幻覚…幻にして虚しきソレは、本人だけに言わせれば紛れることなき真実なのよ。
今、あなたが見ているこの姿が真実だという証拠がどこにあるのかしら?」
無邪気な笑みのまま、惑わすように彼女は笑う。
「――?」
「ま、気楽に行きましょ?
私達はあの子の親でもなんでもないんだから…愛でて楽しむ位の余裕と距離は必要よ?」
グルリと椅子を身体で回しながら、哀奈は相変わらずの笑顔を浮かべたままだった。
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