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……とりあえず、あの騒ぎを抑えるのに十分近くかかった。
「ま、まったく…耶俥君ってば紛らわしいことを――」
未だ紅潮したまま先輩がぶつくさと言葉を繋ぐ。
「だから喧嘩して殴られかけただけですよ。なぁ?」
「………」
さっきから後ろで構える彼女は一言も話そうとしない。
キワモノ揃いの原状では、やむ無しといったところか。
「それで、肝心要な質問なんだけどさ…この娘ダレ?
アタシ知らないわよ。こんな可愛い娘」
デスクに座りながらニヤついてた先生が、サラッと核心をつく。
「オレだって知りたい。
なんでも…そう、アレだ。仮面ラ――な゛ぁうっ!!」
突然、腰辺りにねじ切られるような激痛が走る。
肉が千切られそうな一撃に悶絶した直後…
「ご紹介が遅れまして、たいへん申し訳ございません。
私は西園寺 彩(さいおんじ あや)。彼の学友だった者です」
鳥肌が立つような笑顔を浮かべる彼女の姿だった。
(ちょ、おま…!)
明らかな捏造を打破しようと、彼女・西園寺彩 に視線を送――
(バラしたらコロス)
――おぉ怖い怖い。
笑顔が、作り笑いが殺気を放って冗談抜きで怖い。
そんなわけで待機、成り行きに身を任せるヘタレ思考に身を委ねよう。
「へぇ、学友…ねぇ。
ちょっと意外ね。この子とあなたとじゃ少し釣り合いが足りないわ」
「学友といっても、二・三言葉を交わせた程度ですから。疎遠に見えてしまうのも当然ですよ」
…なるほど、ただの知り合い扱いか。
確かに意志疎通は不可能だわな。
「彼に会えたことも喜ばしいですが、貴女に会えたのはもっと光栄です。影宮哀奈さん」
「あら嬉しい。こんな小さな大学の教授がそんなに珍しいかしら?」
「貴女の書いた論文はいずれも学会で高い評価を得ています。
学問に精通した者なら誰でも御存知ですよ」
「んふふ~、アリガト彩ちゃん。気に入っちゃったから次の講義に招待しちゃおっかな~?」
「いえ…些事のついでに立ち寄っただけなので、これ以上長居するわけにはいきません。
今日のところはこれで失礼させて頂きます」
キチンと一礼し、知性の籠った仕草で西園寺は教授室を出る。
「……はぁ」
「はぁ、じゃないわよヤッくん」
「…なんですか?
さっきから其処で放置されてる先輩でも気になりますか?」
「や、耶俥君!!」
「……冗談ですよ。見送ってきます」
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