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駐車場に早足で到着した西園寺は、そのまま自分のバイクのエンジンを入れる。
――と、
「よう」
「!」
近づく人影に一瞬 身構えるも、
「…アンタか。何か用?」
「や、単に見送り」
「敵を相手に見送りなんて随分と暢気ね」
「そいつは済まなかった。
だが生憎、女性を対する心構えは調教済みでな。今ではこの通り、体から動く有り様だ」
敵意を持たない仕草を前に、西園寺も緊張を緩める。
「しかし…よく先生のコト知ってたな。
ここって有名大の姉妹大だからあんま実績は無いんだが。
えぇと…確かセイメイインっつったか…」
「あの人は有名よ。二十代にして物理学の教授にのし上がった天才。少なくとも、同じ部門じゃ知らない人はいないわ」
「……そういうのが好きなのか?」
「まさか。たまたま論文が面白かったから知ってただけ。
アンタこそどうなのよ?」
「…?」
「学問が好きってタイプには見えないわね。
アンタあの人の教え子?」
「違うよ。あの人はオレの雇い主で、笑顔で人を過労死させる疫病神だ。
そんで…オレの、恩人だ」
「――?」
一瞬だけ感慨深い表情を垣間見せた耶俥は、その直後にはいつもの…何も感じてないような仏頂面に戻っていた。
「まぁ、遊びに来るならいつでも来い。学食も美味いし、先輩くらいならいつでも相手してくれるだろうさ」
「――ッ、だから…私達は敵同士だって言ってるでしょ!!」
「……あ、そういえばそうだったな」
先のやり取りとは別人のような無神経な言葉に、怒りを通り越して呆れたような態度で応える。
「とにかく、次に会った時は今度こそ遠慮しないわよ!
せいぜい会わないように祈ってることね!」
「……なんつーか、何処か負けフラグだぞ。それ」
「うるさいわね!ゴチャゴチャ言ってると今すぐシメるわよ!」
「…おぉ、怖い怖い」
降参 といった具合に両手を挙げる耶俥を一瞥した後、西園寺はヘルメットを被る。
エンジンを蒸かし、今にも走り去ろうとしたその時――
「あー…ちょっと」
「……何よ?」
――思えば 何故 このようなコトをしたのか、自分でもよく分からなかった。
「オレは耶俥。気が向いたら覚えといてくれ、西園寺」
「………」
まるで互いに初めて出会った子供のような、あどけない沈黙。
そして…
「……そう」
どこか優しさを含んだ言葉が、風に乗って届いた
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