6・来集

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「おはようございます」 「遅刻だ馬鹿者」 いつものごとく、不機嫌な所長の一言から仕事は始まる。 大抵は五分くらい小言でいびられるのが日課だ。 「お前ね、その人を食ったような愛想笑いなんとかならないのか? 猿に小馬鹿にされてるようで腹が立つ」 「…俺は猿ですか?」 「戯け、私が動物嫌いなの知ってるだろ。 誰があんなアホ面ペットにするか」 ――いつの間にかペットにされてるような物言いだったが…深く気にしたらいけないようだ。 「で、なんで遅れた? 理由を聞くぐらいならしてやらんでもないぞ」 書類が無秩序に散乱するデスクの傍でいつものように煙草を吹かしながら、所長は淡々と尋ねる。 「え…えぇと…人助け」 「くたばれ」 ズッパリと、情け容赦なく切り捨てる所長であった。 「…まぁ、理由にはなりませんよね」 「ホンット不能だなお前は。人様のために体はるのは自由だが、そのせいで性能が落ちるのはいたたげんな」 ビシリ と所長が頬あたりを指差す。 「…あ、怪我してますね。いつの間に…」 「まさか全身傷だらけとは言うまいね?」 言われた 直後、全身にうっすらと響いている痛みに気づく。 そういえば、ここ一週間は仕事の陰でモンスターと戦いづくしだった気もする。 「…………」 その沈黙をイエスととったのか、片手に煙草を挟みながら所長はジロリとコチラを睨む。 余ったもう片手には、ミシミシと悲鳴を上げて虐待される万年筆。 「あの…何か?」 「別に。もうお前は完全に不能だと気付いただけだ。 もう手遅れだよお前」 「……はぁ」 「大方、人様の危機に後先考えず動いたんだろう?」 「多少考えました」 「考えてそれか。あぁ、こうまで素晴らしい部下を持って私は幸せだ。死ね」 「…所長、慣れはしましたが朝っぱらから罵倒オンリーはキツいです」 「私はお前のおめでたさがキツい。突っ走るのは構わんが、万一何かあったらどうする?」 珍しく言葉の裏に心配の色が…… 「困るんですか?」 「当たり前だ。私はお前の上司だぞ。駒がいなくなって困るのは私だ」 …見えたのは気のせいでした。 「まぁいい。とにかく仕事に支障をきたす真似はするな。それさえ守れば文句はない」 「いやいや、文句は無いってさっきあれほど……」 「…?あれはスキンシップだろ?」 ――やっぱりいろいろ強すぎだろこの人。
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