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「…さて、冗談はここまでにして本題へ移ろうか。
さっそくだが冬摩、君に仕事だ」
先より少々 気の入った表情で、所長は手元の書類に視線を置く。
「此処から少々離れた所に屋敷があるのは知ってるな?」
「はい。確かここら一帯の地主だとか大きな資本家だとか」
「その通り。家柄、財力、どれをとっても一流の大グループだよ。
最近、当主が死んで落ち目になりかけたけど今はなんとか立て直している」
書類越しに、所長の刃物みたいな視線がこちらに向けられる。
「まさか其処から依頼がきた、ということですか?」
「鈍いなお前は。そうでなきゃこんなコトをわざわざ言う必要なんか無いだろ」
当たり前のことのように、所長は言ってのける。
いろいろ聞きたいコトはあるが、この人が言い出したことだ。
この人が言ってしまえば無理でも道理になってしまう。
「先日、この家で働いてた使用人が全員 逃げ出したらしくてな。今から集めようにもそんなアテはどこにもないらしい。
と、言うわけで頼んだぞ。さっそく明日から現場に移れ」
一瞬…本気で何を言われたのか分からなかった。
「…え……何ですって?」
「だからお前が代わりに使用人にとして住み込みで働くの。分かったか?」
「な、何言ってるんですか!出来るわけないでしょうそんなコト!」
「安心しろ。お前の出来る出来ないとか曖昧な価値判断はどうでもいい。
私がやれと言ったらやれ」
――暴君が、目の前に煙草を喰わえた暴君がいる。
「それに君は大概の家事ならこなせるんだ。それは私が保証する。
単に場所が変わるだけだと思えばいい」
「立場が違うと色々変わってくると思いますよ?」
「それはいちいち覚えるしかないさ。
心配するな。その辺を難癖つける程、この依頼主は無粋じゃない」
「会ったことあるんですか?」
「まぁな。融通は効かないが、あの手の頑固者は嫌いじゃない」
懐かしむように所長が言葉を溢す。その言葉に漂う僅かな哀愁が、煙草の煙に混じってゆっくりと伝わっていく。
だが次の瞬間コチラを見据える眼差しには、いつもの脅迫じみた色が。
「分かりました。こうなったら身を粉にするつもりで…」
「するつもり、じゃない。しろ。
あとこれ資料、一応見とけ」
なかなか無茶を言う所長に肩をすくめながら資料に目を通――
「……あれ?」
次の瞬間、そこに書かれた名前に本気で言葉を失った。
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