6・来集

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ーZero sideー カタカタと、キーボードを叩く音だけが部屋に響く。 「え~っと…部数は200っと」 クラリ、と頭をよぎるいつもの目眩を堪えながらディスプレイに視線を置く。 いつも通りの光景、教授室でただいつものようにオレは書類造りに精を出し、影宮先生はじーっと自分のパソコンを眺めている。 あれから一週間近く経とうとしているが、何度かいつものようにぶっ倒れこそしたが変わった変化は特になし。 西園寺から連絡も襲撃もなしで…まぁ、平和といえば平和だ。 だが観察と経験上…平和って長く続かないのが人生だ。 人生というやつは楽は無くとも苦ばっかりという不条理極まりないものなのである。 「む、もうそろそろ授業が終わるわね。ヤッくん。このプリント、講義室に持ってってちょーだい」 真剣な眼差しで画面から視線を逸らさず、先生は真横にある書類の束を指差す。 たいがい、この人がマジ顔になるのは自分の娯楽くらいなモノだ。 いや、実際この人が本気でない時など滅多に無い。猥談も含めて…。 「…分かりました」 いい加減 慣れてきた自分が怖い。 人間の順応性とは それはそれは恐ろしい代物であると、認識せざるを得ないのだった。書類の束が入った段ボールを講義室の講壇に置く。 既に講義は終わり、ノートやらプリントやらを纏めた学生達が次々とその部屋を後にする。 途中、何人かがこちらに視線を向けるのを感じた。 だが、それも一瞬のこと。気がつけば彼らは何事も無かったかのように仲間達と話し始める。 あぁいう、気の合う仲間と打ち解ける という行為を、耶俥誠詞は経験したコトが無かった。 そもそも、誰かに気を許すというコトを知らない。 かといって、常時 周りを拒んでいるというわけでもない。 人が誰かを警戒するのは、他人には踏み込まれたくない領域を持っているからだ。 耶俥にはそれが無かった。 他者から守るべき『自己』を持ち合わせていなかった。 守るモノが己が内に無いのなら、周りを拒む必要も受け入れる必要もない。 だが、自己が無いということは――それは、生きている証が無いのと同義だ。 「……もう始まるな。さっさと戻らないと」 それを嫌だと思ったコトはない。 自分がヒトとして壊れているのを恨んだコトもない。 ただ…これが『必然』なのだと理解していただけだった。
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