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「あーくそっ!」
携帯を片手に持ちながら、もう一方の手でハンドルを握る。どうやら男は知り合いの誰かに今日の成果を報告しているように見える。
「あ? そうだよ! くそ、ついてねえ……朝一から打って七万も負けるなんてよー。だいたい二確引いた後、あそこで二通なんか引くかねー普通!?」
同じ遊戯をする者にしか分からない、ともすれば一般人には理解できない単語が飛び交う。
「ところでよーすまねえが、金、三万ほど貸してくんねえか? なあに、慶次で二倍にして返すからよ?」
こんな事を言い出す者の行く末は大抵決まっている。案の上知り合いからも断られた男は、やり場のない苛立ちをハンドルにそのままぶつけるのだった。
公共の一般道路に、カン高いクラシック音が響く。音に驚いたおばあさんが驚いて転び、それを見て男の気分は幾らか晴れたようだった。
まったくを持って、最低、極まりない男である。
「くそっ!」
それから数分程車で走り、男は今、『ご利用は計画的に』のフレーズでおなじみの自動改札機、通称、ATMの前にいた。
財布から免許証を取り出し機械にカードを通す。それから出てきた指示に従い操作を進め、数分後、男は魔法の錬金術で二十万もの大金を手にしていた。
この男は二十七にもなる年でもあるにも関わらず、未だに決まった定職に付いていない。世間一般的に言う、いわゆる“ニート”である。
「こんだけありゃあ何とかあんだろ! へへ」
しかし男はこの期に及んでまだ気づいてはいなかった。
これまでの度重なる貸し借りによって膨らんだ男の借金の総額、今回を含めて凡そ百万円。
それは、少々の勝ち金などでは到底覆せない額になってしまったのだと言う事に……。
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