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次の日は勝った。そして次の日も。だがその次の日に勝った額をそのままつぎ込み、結局は±ゼロ。そんな事を繰り返していたのだから、当然。
数日前にあった筈の二十万と言う大金は、まるで羽が生えてどこかに飛んで行ってしまったかのように、湯水のごとく消えて無くなってしまっていた。
ふらつく足取りで男は自分のアパートに辿り着き、階段口の郵便受けに溜まった何枚も何枚もの“借用書と家賃滞納届け”を見て、口の端から乾いた笑みをこぼす。
ちがう、こんなのは嘘だ。俺じゃない。こんなの馬鹿げてる。違う、違う、と。
自分の部屋に上がる途中、同じアパートの同居人と出くわし、あからさまに侮蔑の態度を取られ、それがまた男のいらだちを加速させた。
部屋の質素な扉には、何枚ものシールが貼ってある。
男は躍起になってそれを夢中で剥がし、全てポケットの中へと押し込む。
そうして部屋の中に入ると、男の部屋はがらんどうとしていた。
「は?」
素っ頓狂な声がこぼれる。
さっきのシールを取り出し、慌てて確認する。そこには。
無駄に丁寧な達筆で、『差し押さえ済み』と描かれていて、呆然自失と言った様子で部屋の中を振り返る。 残された汚いテーブルの上に、金融会社からの『誠に勝手ながらお部屋の物はこちらで差し押さえさせていただきました。尚、まだ未納の分が九十四万、三千円分残っておりますので、近日中にお支払い下さい。滞納なさる場合にはこちらからお伺いいたします』との申し伝えが残されていた。それと大家からの家賃滞納の手紙。
「なんだよ……これ?」
ちから無く肩を落とす男。
こんな事になるのなら、借金してまでパチンコなんかするんじゃあ無かった。
今の今になって自分がしてきた愚かさに、やっと男は気付く。だが、遅すぎた。もう、働いた処で一石で返せる額ではないし、親に頼る事もできない。もう、死んでしまった方がマシ。
そう思って、虚ろな瞳のままベランダの薄汚れたカーテンを開いて――――物干し竿の上に座っている、猿のお面を半分被った前髪ストレートな少女を見て、男はその場で腰を抜かした。
「だ、誰だお前!?」
「私は猿の手、悪魔です。貴方が望むならそこにいますし、何処にもいません。もし貴方が望むなら、機会(チャンス)を与えましょう」
少女はそう告げた後、情けなくも腰を抜かしている男に向かって薄く微笑んだのだった。
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