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眩しいほどの笑顔。詩織は片手を挙げてみせる。
「いってきますっ」
コトノハを出ると、ムッとするような熱気が詩織を包む。
うるさいほどの蝉の鳴き声が、夏の本番を世間に知らしめる。
七月も下旬。もう少しで夏休みだ。
別に学校は嫌いじゃないが、休みという響きは魅力的だ。
早まる期待を抑えながらも、しかし自然と足取りが軽くなる。
登校目前、最終関門である長い坂の前で、一人の男子生徒を見つけた。
すらりとした長身。だらしない着方の制服。
髪をガリガリと掻く後ろ姿に、歩きは駆け足に切り替わる。
急接近し、姿勢の悪い背中を思い切り平手打ち。
──どうだ!
会心の一撃に、思わず心でガッツポーズ。
男子生徒は前のめりになり、振り返って詩織を睨み付ける。
だが、それもすぐに和らぎ、代わりにため息がこぼれた。
「痛ってえなぁ、詩織」
「おはよ、律」
詩織は律の文句をあっさり流し、横に並んで歩きだす。
「朝から何辛気くさい顔してんのよ。幸せが逃げちゃうよ?」
「ほっとけ。生まれつきだ」
他愛もない会話。
だけど、出逢った頃は考えられなかったことだ。
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