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誰かいるのだろうか。
不審に思いながらドアノブに手をかける。
しかし、そこから先の動作が続かない。
開けたいという好奇心はあるのに、意識とは違う勘とも言うべき感覚がそれを制する。
開けたら二度と帰ってこれない、と警告していた。
律はしばらく固まったままどうしようか逡巡していたが、このままでは埒があかない。
ここがどこかも分からない状況において、少しでも情報が欲しかった。
律は自分自身の警告を無視して意を決する。
ゆっくりとドアを開けた。
恐る恐る中を覗きこみ、十分確認してから入室する。
しかし、部屋の中はさっきまでと何も変わっていなかった。
ガラスが割れたところもなく、外では相変わらず雨が降っている。
念のために注意深く周りを一通り確認して、それから律は大きく息をついた。
ふう……。
気のせいだったようだ。
神経が少し過敏になってるのかもしれない。
緊張が解けると、代わりにどっと疲れが出た。
律は疲れた体を引きずるようにして部屋の外に戻ろうする。
しかし、またしても耳が異質な音を捉えた。
ヒューヒューと空気の抜けるような音。
一瞬で体は強張り、冷や汗が背中を伝う。
振り返って目線だけを泳がす。
すると、ある一点が律の興味を引いた。
背筋が凍りつく。
目は大きく見開き、瞬きさえ忘れてさっきまではなかったはずの光景を凝視する。
人だ。それも二人。
暗くてよく見えないが、足をばたつかせる一人にもう一人が跨がり、前傾姿勢をとって何やら取っ組み合いをしていた。
それを見て律は否応なしに理解させられる。
音の正体は、首を絞められている人のもがき苦しむ呼吸だった──
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