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首を絞められているのは、まだほんの小学生くらいの男の子だった。
自分よりも大きな体から逃れようと精一杯抵抗している。
一方、少年の首を絞めている女は母親なのだろうか。
こちらに背を向けているため表情は分からないが、力みに力んだ腕や肩がその異常さを表していた。
な、なんだよこれ……。
あまりの光景に律はパニックに陥っていたが、すぐに決断を下す。
考えるのはあとだ。今は少年を助けないと。
律は駆け出すと、女の両手首を掴んで手荒に少年から引き剥がすと、力任せに投げ飛ばした。
女は地面に叩きつけられ、うつ伏せに倒れた。
枷が外れるや否や、少年はむせながらも大量の酸素を取り入れ始めた。
その様子に、律のギリギリ保たれていた精神が落ち着きを見せる。
良かった……無事だったんだ……。
律は少年の上体を抱き抱えると、いたわるように優しく背中をさする。
「君、大丈夫?」
声を掛けてみるが、少年の息は荒く返事をする余裕さえないようだった。
まずは落ち着かせようと、律は少年の背中をさすり続ける。
手のひらを通して小さく、しかしはっきりとした鼓動を感じる。
安心からか自然と笑顔がこぼれた。
改めて助けた命の大切さを実感する。
しばらくすると少年の呼吸が落ち着き、一定のリズムを取り戻した。
「大丈夫?」
より穏やかな声で話し掛けるが、返答はない。
心配になって少年を体から少し離して顔を覗きこむ。
「ねえ、本当に──」
そこまで言いかけた言葉を呑み込む。
少年には顔がなかった。
正確には目や鼻、口といった器官が、だ。
あるのは平べったく青白い肌の凹凸だけ。
今まで人だと思っていた少年が、一気に異質なものへと変わっていく。
律は恐怖からさっきまで少年だと思っていた何かを突き飛ばした。
それはゴロゴロと無機物のように転がり、壁際で止まった。
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