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律はゆっくりと後退り、それとの距離をとる。
今のは一体──
網膜に焼き付いた衝撃的な映像。
顔のない顔なんて普通じゃない。
異様な展開が呼吸のリズムを乱す。
胸に手を当てて少しでも自分を落ち着けようとすると、不意に背後からも人の気配を感じた。
振り返ると、律がさっき突き飛ばした女が立っていた。
全身がダラッと下がり、幽霊を嫌でも連想させられる。
「ひっ……!」
律は短い悲鳴をあげ尻餅をつく。
逃げたいのに、足に力が入らず立ち上がることすらできない。
為す術もなくただ見上げていると、女が口を開いた。
「律、あなたも私のことを苦しめるのね……」
「え……?」
憎しみのこもった声が自分の名前を呼んだ。
どうして俺のことを知っているんだ?
その時だった。
カチャ、と。
頭の中に鍵を開けるような音が響いた。
それをきっかけに、頭が割れるように痛みだす。
視界がかすれる。
律は耐えきれずにうずくまった。
「私はあなたを殺さないといけないの……でないと私が幸せになれないから……」
なおも女は、意味のわからない言葉を呟きながら律に近づく。
律は苦痛に顔を歪めながらも、薄く目を開いて女を見た。
ちょうどその時、外で雷が落ちた。
一瞬ではあるが室内が明るくなる。
あ、あれって──
律の瞳が女の正体を捉えた。
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