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乱れたぼさぼさの髪。青白い肌。
無表情なのに、目には明らかな憎しみが宿っている。
それは、母の琴音だった。
もう会うことはないと思っていた人が、目の前に立っている。
知覚すると同時に、記憶の彼方に閉じ込めていた負の感情が呼び覚まされる。
「ぐっ……」
耳鳴りがする。
目の前は歪み、感覚が徐々に麻痺してきた。
この光景を、律は知っている。
ずっと昔のことなのに、今もなお色褪せることなく律を苦しめる、消してしまいたい過去。
律は頭を振って消し去ろうとするが、琴音は追い討ちをかける。
「ねぇ、どうして……?」
──やめろ。
「あなたがいるから私は……」
──やめろ。
「あんたなんて……」
「やめろ──!」
「──生まれてこなければよかった!」
琴音の叫びが電流のように身体中を駆け巡る。
律の意識は闇の中に落ちていった。
スローモーションように倒れる刹那、わずかに残る意識で律は少年の存在を思い出した。
あれは……俺だ──
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