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こんな時代だからこそ、優しさを忘れてはいけないよと、父親は私を哀れんだ。
そして、歌は2年近く前、旅の途中の西南の小さな村で、出会った女性に習ったのだと、親切に教えてくれた。
パットの写真も見てもらった。
「この女性だったでしょうか?今より6年以上前の写真です。少し印象が違っているかも知れませんが・・・。」
父娘はしばらく、記憶を探るように丁寧に見て答えた。
「年の頃は近いと思いますが、髪は黒髪で、目の色も違ったように思います。顔立ちや、喋り方からも、戦前は派手な生活をしていたような印象を受けました。
・・・この女性とは、違うと思います。」
「そう・・・ですか・・・。」
肩を落とす私に、別れがけ、娘があの歌を歌ってくれた。
礼に渡す物など無いからと断ったが、捜す女性が見つかれば、それが何よりの報いだからと、祈りを込めて歌ってくれた。
『覚えていますか あの日の事を
月の明かりの照り込む窓に
二人で肩を寄せ合って
結ばれることない 互いを想い
口ずさんだ 哀しみの歌
ああ あなた 愛しい人よ
私の姿消え去ったとしても
どうか涙を流さないで
私は今でもあなたを想い
あの日の歌を歌っています・・・』
そう、この歌は、2人ひっそりと会った夜、彼女が歌っていた歌だ。
心優しいパットが、2人の未来を愁えて作った、彼女と僕しか知らない歌なんだ。
見た目は変わっていたとしても、父娘の会った女性がパットかもしれない。
例え違ったとしても、その女性が、パットの行方を知っているかもしれない。
パットが・・・、生きているかも知れない。
この街と同じに、瓦礫と絶望に埋もれていた私の心に、小さな希望が芽生えた。
私は、パットを捜し始めた。
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