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その頃、小さな酒場で働いていた私は、たまたま訪れた旅人から聞いた話に、胸を高鳴らせずにはいられなかった。
それは、西の少し大きな町に、美しい歌を歌う、若い女の歌い手が居ると言うものだった。
きっとパットに違いない!
パットが生きていた!
そして、終に辿り着いた!
愛するパットの元に!
そんな言葉ばかりが、頭の中をぐるぐると回り、私は直ぐに酒場を辞め、翌朝には、噂に聞いたその町を目指して旅立っていた。
酔客の話ではあったが、中々に正確で、私はあっさりと、その町を見付ける事ができた。
そして、話に聞いた歌い手の住む部屋も・・・。
既に陽が落ちていたが、私は、はやる気持ちを抑えきれず、彼女の部屋を訪ねた。
「こんな時間に、どなた?」
ノックに答え、若い女性の声がして、部屋のドアが薄く開く。
隙間から顔を覗かせた女性は、しかし、パットではなかった。
年の頃は近いだろうか。
黒髪をカールした背の高い女性で、ハッキリとした顔立ちをしている。
私は落胆したが、同時に、その女性の容姿が、以前出会った父娘から聞いた人物に、近いことに気が付いた。
きっとこの女性こそが、あの少女に歌を教えた歌手だろう。
ならば、この女性に歌を伝えたのがパットかもしれない。
そうでなくとも、同じように辿って行けば、必ずパットに行き着くはずだ。
私は、無作法を承知で尋ねた。
「夜更けに不躾な訪問をしました事をお詫びします。不躾ついでにお尋ねをしますが、あなたは旅の父娘に歌を教えた事が有りませんか?」
「さあ。有ったかも知れませんが・・・。それが何か?」
彼女は、ムッとした様子で答えた。
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