《黒髪の歌い手》

5/9
前へ
/39ページ
次へ
歌手は、ヘレナ・ブレナンと名乗った。 「レナでいいわ。何かお飲みになる?安物のお茶かブランディーぐらいしか無いけど。」 薄汚れた防寒着を脱いで、空いた椅子の背に掛けている私に、彼女が、グラスを手に取りながらそう言った。 「ありがとうレナ。でも、それよりも話を聞かせて貰いたいのですが?」 彼女は肩をすくめて席に着いた。 「・・・あの歌ね。旅先で仕入れたものよ。」 「仕入れた!?いつ頃!?誰からですか!?」 「まぁ、落ち着いて。キチンと話しますから。・・・やっぱりちょっと飲んだ方がいいかしら。話が話だから、あたしも飲みたいの。付き合ってくださいな。」 身を乗り出して話を急かせる私をたしなめて、レナはブランディーを注ぎに席を立った。 それにしても、『話が話だから』・・・とは?この女は、いったい何を話すつもりなのだろうか・・・。 「どうぞ。」 私は、彼女が差し出したグラスの、琥珀色の液体を口に含んだ。 なるほど、舌がピリッとするような、安い酒だ。 彼女は、一気にグラスの半分を喉に流し込むと、唐突に話し始めた。 「歌を仕入れたのは、何人かの男たちからよ。ここから南に2つ行った小さな町で・・・。そこに古いオークが有るわ。」 「オーク(=楢の木)。あなたはさっきもそう言いましたね。」 「ええ、ライブオーク(=常緑樹のオーク=樫)よ。」 レナは、グラスに視線を落としたまま、静かに話しを続けた。 「旅の途中で知り合った男から、偶然噂を聞いたのが始まり。 その男が、歌をわりと良く覚えていて・・・、とは言っても一部分だったけど・・・、聞いた時は、思わず身震いしたわ。 この歌が聴きたい。いえ。歌いたいと思った。 それで、男がその歌を聞いたと言う町に行ったの。」 「そこで、あなたも聴いたんですね?」
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加