《黒髪の歌い手》

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「いいえ。直接は聴けなかった。 けれど、どうしてもその歌を知りたくって、歌を聞いたと言う男を捜しては、歌詞やメロディーを集めて回ったって訳。 結構苦労したわよ。町の人たちは怖がっていて、なかなか教えてくれないしね。」 「怖がる?何をです?」 レナは、その問いに答えるのを躊躇したように、私の目をじっと見て、もう一口、ブランディーを飲み込んだ。 そして、こんな事を言い出した。 「ねぇ。さっき見た歌詞は良く似てるけれど、あたしの集めた歌が、本当にあなたの彼女の歌と同じか・・・違っている所が無いか、聴いてくれない?」 正直を言うと、私は話を続けて欲しかったが、彼女の機嫌を損ねて話が聞けなくなるのではとも考え、黙って聴く事にした。 私がうなずくのを確認して、レナは窓の側に立って行き、静かな、けれど良く響く力強い声で歌い始めた。 声の感じも、歌詞も、メロディーも、パットのそれとは少しずつ違ってはいたが、それは紛れも無くあの歌だった。 古い別荘の夜の窓辺。 そそぎ込む月明かりを受けて歌う、美しい、愛しい、パトリシア。 ハーモニーを奏でるように、さえずりを重ねる小鳥。 祝福されぬ愛を愁い、口づけを交わす2人。 次々と、もう失われてしまったはずの日々が、思い出された。 まるで、何百年もの歴史の果てから、すぐ目の前に、甦るように。 いや。彼女が歌っている間、私は確かに、あの日の、あの場所に身を置いていた。 「アルバートさん?」 レナの呼びかけに我に返った私は、知らず知らずに、涙を流している自分に気が付いた。 「どう・・・でしたか?」 「間違いありません。細かい点は違いも有りますが、パットの歌です。」 私は、涙を拭いながら付け加えた。 「ありがとう。素晴らしい歌でした。」 その言葉にレナは、はにかんだような優しい笑顔を見せた。 それから、急に真剣な顔になって言った。
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