2人が本棚に入れています
本棚に追加
「いいえ。直接は聴けなかった。
けれど、どうしてもその歌を知りたくって、歌を聞いたと言う男を捜しては、歌詞やメロディーを集めて回ったって訳。
結構苦労したわよ。町の人たちは怖がっていて、なかなか教えてくれないしね。」
「怖がる?何をです?」
レナは、その問いに答えるのを躊躇したように、私の目をじっと見て、もう一口、ブランディーを飲み込んだ。
そして、こんな事を言い出した。
「ねぇ。さっき見た歌詞は良く似てるけれど、あたしの集めた歌が、本当にあなたの彼女の歌と同じか・・・違っている所が無いか、聴いてくれない?」
正直を言うと、私は話を続けて欲しかったが、彼女の機嫌を損ねて話が聞けなくなるのではとも考え、黙って聴く事にした。
私がうなずくのを確認して、レナは窓の側に立って行き、静かな、けれど良く響く力強い声で歌い始めた。
声の感じも、歌詞も、メロディーも、パットのそれとは少しずつ違ってはいたが、それは紛れも無くあの歌だった。
古い別荘の夜の窓辺。
そそぎ込む月明かりを受けて歌う、美しい、愛しい、パトリシア。
ハーモニーを奏でるように、さえずりを重ねる小鳥。
祝福されぬ愛を愁い、口づけを交わす2人。
次々と、もう失われてしまったはずの日々が、思い出された。
まるで、何百年もの歴史の果てから、すぐ目の前に、甦るように。
いや。彼女が歌っている間、私は確かに、あの日の、あの場所に身を置いていた。
「アルバートさん?」
レナの呼びかけに我に返った私は、知らず知らずに、涙を流している自分に気が付いた。
「どう・・・でしたか?」
「間違いありません。細かい点は違いも有りますが、パットの歌です。」
私は、涙を拭いながら付け加えた。
「ありがとう。素晴らしい歌でした。」
その言葉にレナは、はにかんだような優しい笑顔を見せた。
それから、急に真剣な顔になって言った。
最初のコメントを投稿しよう!