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「あれは素晴らしい歌だわ。
ひとを想い、愛する心が溢れてる。
誰にも歌われなければ、歌はいつか忘れられ、消えてしまう。」
彼女の瞳から、涙が流れ落ちた。
「私の恋人も、戦争に行きました。
殺し合いに明け暮れ、ひとを想う心を無くし、大勢の敵を殺した挙句に、自分も死んでしまいました。
・・・あの歌は『希望』なのよ。
愛する気持ちを思い出させてくれる。
忘れられてしまうなんて事、有ってはなりません。
どうか、あたしに、歌わせてくださいませんか?」
その言葉に、私は彼女の真意を知った。
私とパットの、ごく個人的な愛のよりどころでしかなかったこの歌を、この女性は、多くの人々の希望とさえ考えてくれている。
私の心は怒りどころか、むしろ感謝で満たされていった。
「ありがとう。お話は良くわかりました。
しかし、残念ですが、直ぐにはお返事出来ません。
私はまだ、パットが生きていると、信じていますから。
彼女に断り無く、歌を譲る事は出来ないのです。
ですが・・・、彼女を捜す旅を終えたら、必ずこの場所へ戻ってくるとお約束しましょう。
返事は、その時まで、待ってください。」
「・・・分かりましたわ。」
レナは、濡れた瞳で微笑んだ。
「あなたが、パットさんと一緒に戻ってくるのを、ここで祈りながら待っていましょう。」
私は、彼女から、オークの町の詳しい場所を聞き、何度も礼を言って部屋を出た。
「ああ、そうだわ。」
ドアのところで見送っていたレナが、歩いていく私を呼び止めた。
「パットさんも素晴らしい歌い手だとおっしゃったわね。
あんたの愛おしいひとが見つかったら、伝えてくださいな。
是非一緒に歌いたいって・・・。」
私は、手を振って、暖かな明かりを灯す彼女の部屋を後にした。
そして、夜明けを待って、すぐに南へと出発した。
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