序章

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四月中旬。 高校生になったばかりの綾乃ら新一年生にとっては、部活動はまだ、仮入部の状態である。 綾乃が入部した女子バスケ部も同様で、この時期に入部を取り止める部員も少なくない。 誰が部活を辞めようが、それは個人の自由だ。 ましてや、入学したての彼女にとって、周りは知らぬ顔ばかりである。 その事自体に、別に興味がある訳では無い。 だが、話の流れでは、男子バスケ部の部員の様だった。 綾乃が練習する女子バスケ部に隣接して、彼等も毎日汗を流している。 名前は知らずとも、顔は見た事があるかも知れない。 ──加えて。 宮下が口にする、 『ケイちゃん』という個称が、綾乃には気掛かりだった。 中学バスケで県大会優勝を成し遂げた学校の、エースプレイヤー。 鳴物入りで男子バスケ部に入部したその人物ならば、綾乃にも心当たりがあった。 会話すら交わした事の無い存在だったが、その彼のプレイは、体育館を仕切るネット越しに、綾乃の脳裏に焼き付いていた。 「……宮下くん、やったっけ?」 屋根上の彼が口を開いた。 「な、何で俺の名前──」 「宮下くんも、中学ン時、いじめられとってんろ?」 彼の台詞が、その場の空気をざわりと揺らす。 「だから、っちゅう訳ン無ぇけど、北の事、許したってくれ」 もはや、あれだけ饒舌だった宮下は、沈黙に至った。 「んじゃま、そういう事なんで──」 「前田」 屋根の上の彼を、宮下とはまた別の声が呼び止めた。 彼がまた、中庭に顔を向ける。 綾乃がいる場所からは、やはりその表情は窺えない。 「北って、お前のツレ(友達)か」 その問い掛けに、『前田』と呼ばれた少年は、ふっと息を吐き、左手で頭を掻いた。 「……いんや、別にツレじゃねえよ」 「じゃあ何で──」 「だって、格好わりぃじゃん。やる方も、やられる方も」 そう言って、彼は右腕で抱えていたバスケットボールを、中庭へと放った──かに見えたのだが、数秒後、何故かボールは彼の頭上に落下し、脳天を直撃した。
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