169人が本棚に入れています
本棚に追加
四月中旬。
高校生になったばかりの綾乃ら新一年生にとっては、部活動はまだ、仮入部の状態である。
綾乃が入部した女子バスケ部も同様で、この時期に入部を取り止める部員も少なくない。
誰が部活を辞めようが、それは個人の自由だ。
ましてや、入学したての彼女にとって、周りは知らぬ顔ばかりである。
その事自体に、別に興味がある訳では無い。
だが、話の流れでは、男子バスケ部の部員の様だった。
綾乃が練習する女子バスケ部に隣接して、彼等も毎日汗を流している。
名前は知らずとも、顔は見た事があるかも知れない。
──加えて。
宮下が口にする、
『ケイちゃん』という個称が、綾乃には気掛かりだった。
中学バスケで県大会優勝を成し遂げた学校の、エースプレイヤー。
鳴物入りで男子バスケ部に入部したその人物ならば、綾乃にも心当たりがあった。
会話すら交わした事の無い存在だったが、その彼のプレイは、体育館を仕切るネット越しに、綾乃の脳裏に焼き付いていた。
「……宮下くん、やったっけ?」
屋根上の彼が口を開いた。
「な、何で俺の名前──」
「宮下くんも、中学ン時、いじめられとってんろ?」
彼の台詞が、その場の空気をざわりと揺らす。
「だから、っちゅう訳ン無ぇけど、北の事、許したってくれ」
もはや、あれだけ饒舌だった宮下は、沈黙に至った。
「んじゃま、そういう事なんで──」
「前田」
屋根の上の彼を、宮下とはまた別の声が呼び止めた。
彼がまた、中庭に顔を向ける。
綾乃がいる場所からは、やはりその表情は窺えない。
「北って、お前のツレ(友達)か」
その問い掛けに、『前田』と呼ばれた少年は、ふっと息を吐き、左手で頭を掻いた。
「……いんや、別にツレじゃねえよ」
「じゃあ何で──」
「だって、格好わりぃじゃん。やる方も、やられる方も」
そう言って、彼は右腕で抱えていたバスケットボールを、中庭へと放った──かに見えたのだが、数秒後、何故かボールは彼の頭上に落下し、脳天を直撃した。
最初のコメントを投稿しよう!