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「おいデブ。何でカレーパン買って来ねえんだよ」
綾乃がその現場を目撃したのは、全くの偶然だった。
バスケ部顧問の体育教師に用事があって、体育研究室に立ち寄った帰り道の事だった。
校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下の一画は、陽当たりの良い空間となっていた。
その場所で、綾乃と同じ一年生の男子らが、昼食を取っていたのだ。
それ程に過ごし易い場所であるにも拘わらず、上級生はそこを認識していないらしい。
建物の構造上、偶然にもそこは、傍目には死角となっていた。
そしてそれは、彼等新一年生が入学する直前に落成した体育館と、それに隣接する、現在は使用していない旧部室棟が作り上げていたのだ。
綾乃が教室への帰路に選んだその道も、今は使われずに取り壊しを待つ旧部室に隣接する為、生徒や教師の通行も、殆ど無かった。
何となく、通り掛かっただけだった。
だがそこで、綾乃はその不穏な空気に気付いてしまった。
そして、ごく自然に、彼女の足はそこで止まった。
「ご、ごめん。売り切れてたんだ」
「知るかンな事。やったらやったで、外買いに行ってこんかいや」
「え、でも、外に出たら校則違反で──」
「関係あっかいや! 買(こ)うて来いっつったら買うて来いや!」
──男子生徒らの姿は、綾乃のいる場所からは見えない。だが、恫喝する生徒の声には、聞き覚えがあった。
綾乃と同じクラスの、宮下という生徒である。
入学早々に、宮下は生徒指導の教師に殴り掛かっていた。
所謂、『不良』というステータスを理論武装した輩である。
だが、綾乃を含む多くの生徒は、宮下のその武装が、空回りしている事実を認識している。
何故ならば、入学早々に彼が起こしたその事件は、柔道部顧問の教師によってあっさりと取り押さえられ、彼に取っては、かなりバツの悪い結果に終わっていたからだ。
もしかすると、この宮下という生徒の武装は、俗に言う
『高校デビュー』(中学校時代は普通の生徒だったが、高校に進学したタイミングで不良生徒であるとの虚勢を張る事)だったのかも知れない。
その事件後、教室では以外とおとなしくしていた宮下だったが、彼の理論武装は、こんな場所で継続していたらしい。
「十分で行ってこいや」
「そ、そんなの無理だよ」
「うるっせ。一分過ぎる毎に税金加算やからな」
──綾乃は、静かに息を吐いた。
これは、典型的な『いじめ』である。
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