序章

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綾乃は、こういったインモラルな行為に、激しい嫌悪を覚えた。 『いじめ』 とは、平等である筈の人間関係に、理不尽な格差が生じる現象である。 実社会に於いてさえ、パワーハラスメントが存在する昨今、人間形成の拙い若い世代でそれを淘汰するのは、やはり困難な事なのかも知れない。 この時の綾乃自身は、そこまで世を憂いた考えを持ち合わせていた訳ではない。 ただ、そこで彼女が耳にした会話と空気が、不快でならなかった。 上級生が下級生に昼食のパンを買いにやらせているなら、まだ救いはある。 だがここに、そういった年功序列は存在しなかった。 同級生間での、理不尽な恫喝、さらに追討ちを掛ける、 『税金』などと銘打った金銭搾取。 それが、『正義感』といった類いの感情であったかどうかは、綾乃には解らなかった。 故に、非力な女子である自分が、その集まりに怒鳴り込むまでの意欲も持てない。 しかし今、踵を返して、教師をこの場に招聘するくらいの事は、彼女にも出来ると考えた。 意を決し、なるべく音を立てぬ様に、綾乃は身を翻した。 ばちん。 そんな彼女の背後で、妙な音が響いた。 「ううっ」 低い唸りと共に、どさりという音が聞こえる。 けたけたと、下卑た嘲笑が響く。 「やるなあ、ケイちゃん」 宮下の言葉に、綾乃は足を止めた。 「はい、にふんけいか」 続いて聞こえた言葉は、宮下の物では無かった。 口の中に、咀嚼中の食べ物を入れたままで、別の誰かが口を開いた。 「なあるほど。今の一撃で、おデブちゃんは十分の持ち時間を、既に二分失った訳ですね?」 「けっか、ぜいきんちょうしゅうがくはふえう、っへこほはな」 宮下と会話する、もう一人の声に、綾乃は聞き覚えがあった。 ……まさか。 どすっ、という、鈍い音。 「ぐうっ」 「ナイスシュート! しかしこのサッカーボール、前に飛びません!」 けたけたと響く笑い声。 「うわ、きったね! こいつ、ゲロ吐いた!」 「はい、よんふんへいはぁ」 「てめえ、ゲロ吐いてねえで、サッサとカレーパン買うて来いや!」 「べふに、もういんじゃね? ぜいきんだへ、もはっとけば」 「うあっ」 再び響く、鈍い衝撃。 そしてまた、下卑た嘲笑。 「ケイちゃん、エグいなあ。まあでもそうするかあ。おいデブ、カレーパン許してやっから、財布出せ」 綾乃の両足は、完全に歩みを止めた。
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