別れました。

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 俺は見てしまった。3日前、この場所で。楓が知らない男と歩いていたのを。腰に手なんか回されて。親しげに。最近は俺の前では全然メイクなんかしなくなったのに、バッチリフルメイクで。俺の家ではいつもトレーナーにジャージ姿のくせに、ワンピースなんか着たりして。  それがどういうことなのかなんて、いくら鈍感で恋愛下手な俺にでもすぐに分かる。浮気。二股。俺は楓に裏切られたのだ。  別れる決心はすぐについていたのだが、楓の都合で会えるのは今日になってしまった。メールや電話で別れを告げるのは後味が悪い気がして。俺と楓の通う大学の最寄駅から程近いコーヒーショップ。デートの待ち合わせに使ったことも多いこの店の前を、楓はどういう気持ちで他の男と歩いたんだろう。 「一心(いっしん)」  振り返ると、そこには奇しくも3日前と同じワンピースを着た楓が立っていた。手に持ったカフェモカから立ち上がる湯気が彼女を柔らかく包み込み、酷い女、という印象を煙に巻こうとする。 「俺も、飲み物買ってくるわ。待ってる間に飲み終わっちゃったし」  ごめんね、待たせちゃったかな、と楓は言う。いいよ、俺が早く来過ぎただけ、と俺は応える。こんないつも通りのやり取りも、今日まで。楓は窓に面したカウンター席の俺が座っていた左隣に腰掛ける。楓は歩くときも座るときも寝るときも、いつも俺の左隣にいた。それも、今日まで――。そう思うと何だか寂しいが――。とにかくもう決めたんだ。カフェラテを手に、新たな決意を胸に、俺は席へと戻った。 「それで? 話って何?」  いきなり核心をつかれ、俺はドキッとする。心を落ち着かせようと、カフェラテのカップを両手でギュッと握りしめる。手の平を刺す熱さが、俺の心を奮い立たせてくれるような気がした。 「もう別れよう」  一言だけ、そう言うと、楓は少し目を見開いて俺のことを見た。その目がなんで、と問い掛けていたから、俺は彼女の言葉を待たずに続ける。 「3日前、ここで見たんだ。お前が知らない男と仲よさげに歩いてるところを」 「あ、あれは――!」 「兄貴か? お前一人っ子だから違うだろ。お前の男友達の中でも見かけない顔だ。サークルの先輩なんて言うなよ? 小林先輩も牧瀬先輩も、あんな顔じゃなかったよな?」
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