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『え……』
『だって、ほら。君も手を挙げていなかったね?』
園児や保育士の視線は、一人の少女に注がれていた。なんだかオレは、それに怒りを感じていた。
『えっと、えぇっと……』
たどたどしい口調。
少しずつ赤らむ頬。
周りから見れば、それはただ、なにも考えていなかったように。
『うめ、ます』
やがてだ。
その口からもまた、みんなとはまったく別の解答が現れた。
『埋める?』
『はい。そしたら、あたらしい木ができて、かれちゃうおかあさんも、よろこぶとおもうから』
まるで、汚れを知らない。
悲しみを少しも感じていない。
そんな眼で、そんな笑顔で少女は、オレの真後ろにいた少女は、おどおどと続けた。
『リンゴは食べて、そのたねをうえたら、わたしも木も、どっちもうれしいです』
真逆、と言ってもいい。
オレとは、まったく真逆。
彼女は誰よりも幸せに見えた。
悲しみに身を置くオレには……彼女はあまりにも綺麗で。この世界を分かったような気がしていたオレなんかには、彼女が誰よりも無知に見えて。ありったけの憎悪を侍らせた視線を、振り向いて、叩き付けながら、胸中で呟いた。
だから、嫌いだったんだ──。
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