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 それから暫く光朗は咲の体調を気遣い、慣れない家事と畑仕事を一人でこなしていた。  料理など一度もしたことのない彼が作るものは、殆どすべてが似かよっている。その上、野菜は大きさが疎らで米は芯が残り、魚は焦げる。  決して旨いとは言えぬその料理を、咲は進んで頬張った。無理をせずともよいと光朗は言ったが、自分のためにこうしてくれることが嬉しいのだと頬を緩めた。 「咲、明日一緒に田に行こう。少しは外の空気を吸わないとな」 「田……ですか」 「ああ。明日は暖かいだろうし、家にいるだけではつまらんだろう」  光朗が頬を撫でると、咲は小さく頷く。大きく暖かい光朗の手に自分のそれを重ねて、咲は薄く微笑んだ。  彼女はまだ、夫の記憶を取り戻してはいない。しかし、献身的な彼の行動に心が揺れているのだ。  光朗は自分たちが夫婦であることを告げてはいたが、記憶を取り戻してほしいなどとは決して口にしなかった。忘れてしまったものは仕方がないのだ。どうしようもない、彼はそう自分に言い聞かせるしかなかった。 「じゃあ、明日は二人で行こうな」  静かに微笑み返せば、咲はもう一つ頷いた。その仕草は記憶をなくす前と寸分変わらぬもので、光郎は胸の奥が熱くなるのを感じた。
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