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「ふぅ、今日はこれぐらいにしておくか」  夕日が空を茜色に染め、闇を誘おうと準備を始めるころ、男――光朗(こうろう)は額に浮かぶ汗を拭い、道具を片付け始めた。  日焼けして少し色素の薄くなった髪が汗で張り付き、気持ちのよい状態ではない。  光朗は足早に田を去り、少し離れた家に向かった。 「ただいまー。あれ、まだ帰ってきてないのか」  家の戸を開けて自分の帰りを告げたが、何の返答もないため、家に誰もいないことを確認した。  とりあえず、汗のせいで躰に張り付いている着物を脱ぎ、一度濡らして絞った手拭いで躰を拭き、違う着物に着替える。 「それにしても、咲は遅いな……」  光朗は独りぽつりと呟いた。咲(さき)というのは、光朗の妻である。  物腰は柔らかく、優しくて美しい女性だ。暮らしが貧しくとも、いつも愚痴一つ零さぬ、正に妻の鏡。  村でも評判の、〝いい妻″。光朗の知人はよく、『咲さんは、光朗にはもったいない』と口にする。  それほどまでに、咲はよくできた妻なのだ。
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