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 ぱたぱたと草履を鳴らし、咲は夕焼けの道を走っていた。  鬼が出たという日から幾日かたったのだが、噂は大きくなりつつある。  陰陽道に属する師として名を広めていた安倍晴明が鬼に敗れた、などと言う者もいれば、鬼が各地に散らばり、悪行を働く者が増えたなどと言う者もいる。  いずれにせよ、その殆どが咲の不安を煽るものばかりだった。  村の子どもたちも、夕日が落ちる前には家に引き戻される。  大人ですら夜には外をうろつかない程だ。 「早く帰らないと……」  薪を拾いに行くために村の外に出ていた咲は、秋の風に色めく紅葉に見入って時が経つのを忘れていた。  夕日が落ち掛けているのを見て、ようやく帰らねばならないと慌てたのだ。  帰り道にある大きな石橋を通りかかる時、桜の花が舞った。  石橋に寄生するように根を張った桜は、四季に関わらずその花を美しく咲かせる。  初めてこの桜を見て触れようとした時には、光朗に強く諌められた。 『咲、この樹には触れるな。何があっても、この狂い桜だけには触れるな』  普段は穏やかな光朗が、顔を険しくして咲に言い聞かせたことだ。  咲は一度立ち止まって、その桜を見上げる。 咲の三倍ほどは背丈のある桜は、秋の夕日に照らされて橙の花を風に踊らせた。 「狂い桜、だなんて……」  こんなに綺麗なのに。  小さく呟いて、咲は家へと足を早めた。
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