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「『水槽の中の脳』という言葉を知ってるかい?」
そう私に問われた男は思いっきり顔をしかめた。
当然の反応である。
何故ならば私と彼は初対面であるし、彼はただ郵便局に向かおうと歩いていただけだったのだから。
「哲学でそういう言葉があるんだ」
そんなことには構わず私は続ける。
「私達がこうして生きていると思っている世界は、実は身体から脳を取り出して刺激を与えることで見せられているまやかしかもしれない」
そこまで話を進めた頃には、すでに彼はこちらに顔を向けることすら止め、目的地へと歩き出していた。
「そうでないと証明するにはどうすればいいのか、という話だよ」
彼は私の言葉を聞いているのかいないのか、無言で歩き続ける。
「わかりやすく言えば……そうだな……マトリックスっていう映画が昔あっただろう? あれの現実世界のようなものだ。機械によって、眠ったままの人間が並んで管理されていて……」
この後もいくらか語ったのだが、まったく反応がなかった。エンターテイメントの話題でも混ぜれば少しは食い付くかとも思ったのだが。
だがそんなことは問題にならない。解答が得られるかどうかが問題なのだ。
さあ、そろそろ本題に入るとしよう。
「あんたはどう証明する? 自分が水槽の中の脳ではないと」
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