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最も、本題に入ったところで、今のままでは彼は答えないだろう。
仕方ないので彼の思考の助けになるように適当に言葉を並べたてることにしよう。
「ちなみに当時のある哲学者は『私が木を見た時、その木に触れた時の感覚、風に吹かれて擦れる葉の音を思い出せる。つまりこの記憶は正しく私の感じている世界は本物だ』と言ったらしい。だがそれはナンセンスだ。触覚や聴覚は視覚と同じようにまやかしである可能性は等しく、そもそも因果的相互作用とは」
「くだらない」
私の有り難い話を遮り、ようやく彼は口を開いた。
「実にくだらないよ。それが真であれ偽であれ、君にとって何が変わるというんだ。真であれば愚問だし、偽であれば今私が答えている相手はまやかしなのだから」
やはりか。
私はにやけるのを止められなかった。
論理的なふりをしても、これは自分の存在を疑問に思っていない者の解答だ。
なんと、愉快なことだろう。
「君はどうなんだ?」
私の態度に不快感を露にした彼が、問いかけてきた。
「私はちゃんと証明できるさ。それをあんたに教えることはできないけどね」
私はここまで胸を張ってそう言えるだけの理由がある。
そしてそれは私が彼にこの質問をした理由でもあるのだ。
だが、彼の次の言葉は私が予想していたものとは大きく違っていた。
「ならば、君と同じ理由だよ。しかし君よりもずっとずっと確実な理由だ」
彼の口調は、それが適当に選んだ言葉ではなく、あたかも本当に私の理由を知っているかのような、はっきりとしていて、どこか不気味なものだった。
「いや、同じなはずがない」
「同じだよ。同じでないと君に証明できるかい?」
先程まで感じていた優越感はいつの間にか消えていた。
そんななはずがない。同じなはずがないのだ。だが今感じているこの胸騒ぎはなんだ?
「断言しよう、愚かな君に。私は、水槽の中の脳ではない」
その瞳は、まるでそれが真実だと告げるように、私を見つめていた。
突き刺すような視線から逃げることさえできず、私は、私は――――――
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