Ⅲ 追憶

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  国境帯の山間の獣道で、とある狩人が家路を急いでいた。 日はとっぷりと暮れ、辺りに木霊するのは獣や虫の声ばかり。時折狼らしき遠吠えが聞こえ、そのたびに身を縮めなくてはならなかった。 このところ夜が冷え込むようになり、年老いた狩人は無意識に上着の胸元を手繰り寄せる。白くなる息を吐きだしながら、松明の火を揺らした。 もともと、日が暮れる前に仕事を切り上げて帰るつもりだった。 しかし獲物を追う途中で国軍の小隊に出会ってしまい、隣国までの山越えの道案内をさせられたのだ。 獲物は逃すわ日は暮れるわで、まったく彼には災難としか言いようがない一日である。今は一刻も早く、我が家にたどり着きたかった。 月が明るすぎて星もよく見えぬような、息の詰まる夜だった。 月光のお陰で辺りが見えやすいのはありがたいが、それは同時に獣の目からも自分が見つけやすいという事に他ならない。 いざとなれば弓や鉈で戦う事もできたが、できればそんなことは避けたかった。それに狼の群れにでも襲われてしまえば、戦うまでもなく一貫の終わりである。 そう縁起でもないことを考えながら先を急いでいると、不意に近くに何かのいる気配を感じとる。 狩人は立ち止まり、松明を大きくかざしながら、ゆっくりと周囲を見渡す。急に動けば獣の標的になりやすいのを、彼はよく知っていた。 しかし、見たところ何もいない。 ほっと胸をなで下ろしかけたとき、向こうの茂みに隠れた二つの光に気がついた。 爛々と光る金色は、狩人を一瞬にして硬直させるだけの威圧感でそこに在る。 なぜ、これだけの存在感に初めに気づかなかったのか。狩人は合ってしまった目を反らさずに、ゆっくりと後ずさりはじめる。  
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