Ⅳ 白猿

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  だがフルドはそれを一笑に付した。 突拍子もないそのような提案に、乗せられる義理も乗る魅力も感じない。 「生憎教会からは目の仇だし、あんたはおれの仇だ。戦いたいならこのまま見逃がせ」 「くくッ、やっぱり貴様は楽しい奴だ。生き延びられるか? この戦場を」 「……さあな」 まるで友を見送るような笑顔をつくり、王太子は「行け」と片手で促した。 動き出したフルドの姿に、人垣が形を乱す。周囲を囲む兵たちが、名を上げようと白猿に武器を向けた。 緑の目が今いちど彩度を落とし、ゆらめく人の波を武器も持たずに鮮やかにすり抜けてゆく。 王太子は率いた兵どもにほとんど何も言わず、指示もせず、逃げる男を見送った。ただ一言、落とした自分の剣を拾えと命じただけだ。 フルドを追うべきか追わざるべきか、肝心なことを王太子がいわないので、兵たちが右往左往している間に白髪の姿は戦場から消えていた。  
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