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記憶がなければ、罪の自覚もない。
だが、記憶はなくとも言葉の意味は知っているのだ。すべてを取り上げられるほどの罪を犯したと聞かされて、動揺しない者がそれほど多いとは、やはり男にも思えなかった。
だからこそ、自身が僅かもたじろがなかったのを、改めて不思議に思う。
しかしそもそも、話された生前の人生とやらが、本当に自分の人生であったかどうかすら怪しいというものだ。
どんな人物であったか……過去にそれほどの意味があるのだろうか。
『なるほど、少し見えてきた』
「なにか解ったのですか?」
『いいや、何も』
「何も?」
男の奇妙な言いように、首を傾げるレンドラ。見えてきた、が、解ってはいない。それが一体どういうことなのか、彼女にはいまいちよくわからなかった。
『不思議か?』
「ええ、とても」
レンドラが素直にそう答えると、男は軽く唸ってポリポリと顎を掻いた。何をどう言ったものかと、思案している風だ。
『……とはいっても、おれにも不思議なんだ。その、あれだ、ここではなにもかもが“意味をなさない”んじゃないか、ってな』
「なるほど?」
無表情を装いながら、レンドラは内心驚かされてばかりだった。
男の勘の鋭さは生前と変わらずまさに獣のようであり、ヒトにおいては恐らく変わり者の部類に入る。
しかもその独特の思考からの発想は、逆に的を射ているのだ。
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