Ⅴ 静夜

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  記憶がなければ、罪の自覚もない。 だが、記憶はなくとも言葉の意味は知っているのだ。すべてを取り上げられるほどの罪を犯したと聞かされて、動揺しない者がそれほど多いとは、やはり男にも思えなかった。 だからこそ、自身が僅かもたじろがなかったのを、改めて不思議に思う。 しかしそもそも、話された生前の人生とやらが、本当に自分の人生であったかどうかすら怪しいというものだ。 どんな人物であったか……過去にそれほどの意味があるのだろうか。 『なるほど、少し見えてきた』 「なにか解ったのですか?」 『いいや、何も』 「何も?」 男の奇妙な言いように、首を傾げるレンドラ。見えてきた、が、解ってはいない。それが一体どういうことなのか、彼女にはいまいちよくわからなかった。 『不思議か?』 「ええ、とても」 レンドラが素直にそう答えると、男は軽く唸ってポリポリと顎を掻いた。何をどう言ったものかと、思案している風だ。 『……とはいっても、おれにも不思議なんだ。その、あれだ、ここではなにもかもが“意味をなさない”んじゃないか、ってな』 「なるほど?」 無表情を装いながら、レンドラは内心驚かされてばかりだった。 男の勘の鋭さは生前と変わらずまさに獣のようであり、ヒトにおいては恐らく変わり者の部類に入る。 しかもその独特の思考からの発想は、逆に的を射ているのだ。  
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